君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

23. リオン

 ホテルのバーで待ち合わせ、軽く状況報告と打ち合わせの後、俺らは”いつもの店”に移動した。
 ”いつもの店”ってのは、まあいわゆる美男美女がもてなしてくれるような店のことだな。
「ルカさん、お久しぶりです」
 アマデオがにっこりしながら俺の横に座った。こいつは何と所属店舗を3つも掛け持ちしていて、この店はこいつにとっての”一軍”だ。ここは指名制の店でこいつは売れっ子なんだが、ダフネで知り合ったあと、俺がここにも顔を出していることを知ったヤツは、
「僕もそこに籍あるんですよ」
 と甘い声でささやき、それ以来、俺の名前で予約を入れれば可能な限り同席してくれる。顧客を大切にする職業理念は俺も見習いたいところだ。
「今日は仕事ね」
 俺がそう答えると、
「残念です」
 とスケベな声で返してくる。
 こいつといると勃起しそうになり、仕事の付き合いで来てる時は困るんだが、イケメン好きの人間を連れてくると受けがいいんで仕方ない。
「アマデオくんいつ見てもイケメンね」
 オネエな音楽プロデューサーが、早速メロメロになって鼻の下を伸ばす。プロデューサーの隣にはアマデオより若い美形がつき、彼がそっちに気をとられてる間にアマデオが俺の耳元で言った。
「ルカさん。プロデューサーさんのおもてなしが上手に出来たら、ご褒美くれますか?」
「ご褒美?」
 俺が首を傾げると、アマデオは「ダメですか?」と俺の目を見つめた。
「や、ダメじゃねーけど。何? 店もっと来いってこと? どの店?」
「ダフネ」
 俺はびっくりしてますます首を傾げた。
「ダフネ? 何で? あそこノルマないでしょ」
「何ででしょう」
 アマデオもニコニコしながら首を傾げる。何ででしょう。じゃねーよなぁ。
「わかんねー。何で? ダフネでなんかあったの?」
 グラスの氷をカラコロ鳴らしながらぼんやりアマデオの顔を見る。午後中モニタに向き合ってからのノータイムオネエセッションは、流石に目に来るもんがある。
「三怜くんがいるんで」
 霞んだ視界の先で、アマデオの目は笑ってなかった。俺は声に出さずに「げっ」と思った。
 アイツ、店でなんかやらかしたの? そんで俺の馴染みの男は、それをどうにかしろって言ってんの?
 家族でも何でもない男の尻拭いをさせられるのは御免だった。下手に出る気はないという強い決意を表すため、俺は努めて冷たい声で返した。
「三怜が何?」
「付き合ってるってマジですか」
 アマデオはスーツのポケットからタバコを出して、2秒でまた元のポケットに戻した。
 彼が俺の前でタバコを出すのも、俺の質問に質問で返すのも、どちらも珍しい事で。俺は更に警戒を強めた。
「付き合ってたら何?」
「ルカさんって誰とも付き合わないんじゃなかったんですか」
 ヤツは更に質問を重ねてきた。しかしその声音は、質問と言うよりも確認に近い。
 俺はグラスを置いた。
 誰とも付き合わないなんて、別に大々的に宣言したつもりはなかったし、そもそもそんな話をこいつとした覚えもねえ。だいたい俺、そういう事マジメに考えた事ねえしな。
「何が言いたいの?」
 と言おうとしたところで酔ったオネエが絡んできて話は中座した。

 アマデオはそれっきり三怜の話はしなくなり、しかしオネエの接待はこれでもかというほど完璧にこなし、夜が更けて帰る間際、そっと俺の手を取って言った。
「来てくれますか? 店」
「店? きてんじゃん今」
 俺はしこたま飲んでおり、握られた手にすがりつく様にして聞き返す。アマデオは俺の好きな甘ったるい笑顔を浮かべて答えた。
「ダフネ。お仕事うまく行ったら」
「や、仕事はもう、決まってんだよ、別に。今後ともよろしくってやつね、コレは」
 言いながらオネエの方を見ると、若いイケメン二人に連行される様にしてタクシーに放り込まれるところだった。俺は慌てて声を投げた。
「ミカさん、また連絡しますんで」
 オネエことミカエル・ジョンソンPは無言でたくましい腕を振り上げると、フラフラと手を振ってエンジン音と共に夜の街へ消えた。
「なーんだ。がんばったのにな」
 アマデオがあんまり寂しそうな顔で笑うから、酒に酔っていた俺は必要以上に同情してしまい、ヤツのスーツの裾を引っ張りながら言った。
「そんな顔すんなよ! なあ! 行くよ! ダフネ! 良い店だもんなあそこ!」
「ちょっと、ルカさん声おっきいって」
 アマデオは苦笑しながらフラフラする俺の体を支えた。
「なあおい、アマデオ! 元気出せよ! ほら、ワンワン♪ あれ? わんわんは?」
「ちょ、ルカさんここではちょっと……もう、ちゃんと立って」
 アマデオの硬く温かい肩にしなだれかかってちょっかいをかけたら、彼は困った声を出しながらもニコニコと俺の世話を焼く。
「アマデオ、なあ。うち来る? 今から。なんか三怜のこと気にしてたみてぇだけどさ、今日あいつ店だから朝まで来ねえよ」
「え、」
 俺の腕を支えていたアマデオの手が震えた。「どういう意味ですか?」
「どうって、なにが?」
「一緒に住んでるんですか?」
 大通りの向こうからタクシーが向かってくるのが目の端に見えた。それを遮る様にして、アマデオは俺の目を覗き込む。夜景を反射して、チョコレート色の虹彩がぬるぬると光っていた。
「あ? 住んでないけど」
「でも、今……」
「アイツが休みの時しょっちゅう来るってだけ」
「あ、そう……ですか……」
「何だよ、今日お前なんかヘンだな。なんかあったの?」
 俺よりほんの少しだけ長身のアマデオの頭に手を添え、俺は聞いた。アマデオはその手の上に自分の手を乗せ、少し迷った様に視線を揺らしながら呟いた。
「じゃ、付き合ってるのは本当なんだ」
「え? あぁ。まあ。そうらしいね。何で知ってんの? 俺話したっけ?」
「セフレだと思ってました」
「あー。ね。俺も」
「何で付き合うことにしたんですか」
 今日コイツ質問多くない? だんだん疲れてきた俺はアマデオの締まったケツを膝で蹴った。
「あんだその質問。知らねえよ」
「痛っ……知らねえよって……」
「あ、タクシー来た。なあ、来る? 家。来ないの?」
 無人タクシーが目の前に音もなく止まる。乗り込む俺の背中に、アマデオは言った。
「付き合ってるんでしょ? いいんですか、男連れ込んで」
「え? だめなの?」
「だめですよ。ルカさんって、前から思ってましたけど、変ですよ、そういうとこ」
「は? なに急に。色恋商売にしてるお前に変とか言われたくねえよ」
「俺は商売だからいいんです。でもあなたは違うじゃないですか」
 何だ何だ。何だか変な空気になっちまった。タクシーの後部座席から見上げた先で、アマデオの表情は夜の闇に溶けてよく見えないが、そこはかとなく怒りの匂いをプンプンと立ち上らせてる。何で金払って遊びに来て説教されなきゃならねーんだよ。コイツこんな訳わかんないヤツだったっけ?
 俺もイライラしてきたが、酔ってたし、疲れてたし、面倒だから適当にスルーして帰ろうと思ってこう言った。
「お前と付き合ってる訳じゃないんだから関係ないでしょ。乗らないならもう行くよ」
「……何で俺と付き合わないんですか」
「は?」
 アマデオが俺のために開けてくれたドアから手を離さないので、タクシーのモニタにエラーメッセージが浮かび上がる。俺は『ちょっと待って』のボタンを押してエラーを消した。するとアマデオの腕が伸びてきて、隣のボタン『準備OK』をタップする。
「変なこと言ってすいません。ダフネで待ってますね」
 そう言って彼はドアを閉めた。


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