君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

19. リオン

 寝苦しさに目を覚ますと、それもそのはず、三怜の無駄に長い手足が檻のように俺を抱え込んでいた。力任せに振り解いて抜け出したが、起きる気配はない。
 ケツの気持ち悪さに顔が歪むのを自覚しながら床に目を落とす。三怜のバックパックが半開きのまま放り出してあった。普段手ぶらのくせに、飯を作ったからとかなんとか言って大荷物で来やがって。料理なんかできねーくせに、カレーだのシチューだの、休みの度に持ってくる。
 三怜は電気を消して寝たらしい。洗濯済みのパンツを探してから風呂場に行きたかったんで、サイドテーブルのライトをつける。三怜の女みたいに白い寝顔と、テーブルの上のものが暗闇に浮かび上がった。使わなかったゴムと、ローションと、三怜の腕時計と、三怜のブレスレット。
 三怜のもんばっかじゃねーか。俺は鼻を鳴らした。とは言っても、ブレスレットは元はと言えば俺の物。しかも本当はアンクレットだ。つけっぱなしで風呂に入っていたら錆びてきたので、捨てようとしてたのを三怜が欲しがるのでやったのだ。
「でもそれお前には小さくねえ?」
 ヤツはその銀の鎖を足首に回すと、シンデレラの姉のように頑張っていたが、突然顔をパッと輝かせると足首ではなく手首にそれを回した。
「あ、ほら、ブレスレットになら出来ますよっ」
 出来ますよって……俺にはそこまでして錆びた鎖を身につける意図が理解できなかったが、本人が心底嬉しそうなので放っといた。
 冷蔵庫に寄って水分補給をしようとしたら、冷蔵庫の中にも三怜のもんが。カレーの残りと、硬水のペットボトル。この水まずいんだよな。
 なんでいつもこんなもん飲んでんのか聞いたら、「ダフネはお酒飲まなきゃいけないんで」だそうだ。大量の飲酒によるミネラルの排出を補っているらしい。
 シャワーを浴び、髪を乾かそうとドライヤーを手に取ると洗面台で何かが光った。見ると、三怜の金髪だった。それに気づいた瞬間、俺の背筋を寒気が通り抜けた。
 あいつ、そのうちこの家に住み始めるんじゃ……?
 自分の想像の恐ろしさに身震いしながら俺は寝室へ戻った。俺の服やモノの山の中に、ちらほらと三怜のカケラたち。三怜の脱いだフーディー、三怜の脱いだチノパン、三怜の脱いだ靴下……。
 俺は再び身震いしながら三怜の抜け殻たちを眺める。なんだよこのドデカい靴下は? サンタにプレゼントでも貰う気かよ?
 ベッドに近寄ると、淡いライトに照らされた三怜の寝顔は天使のようだった。長いまつ毛が白い頬に影を落としている。
 一瞬見惚れたが、よく見ると天使どころの騒ぎじゃないことに気づく。キングサイズのベッドとはいえ、三怜のようなデカい男が横たわっていると俺の寝る場所がない。しかもこいつ! 今気づいたがまた俺の服を着ている! この家には三怜が着れる服が2、3着だけあるのだが、こいつ何かとチャンスを見つけてはそれを着ようとしやがる。人のもんばっか欲しがってんじゃねーよ!
 いい加減むかついたので、寝ている三怜の腕を引っ張り上げて俺のカーディガンをむしり取る。つーかニットなんか着て寝るんじゃねーよ! 汗かいて汚れるだろーが!
 ブツブツ言いながらその巨体を転がし(血管が切れそうになるほどの力が必要だった)なんとかスペースを作り出すと、俺はため息を吐きながら転がった。三怜の体温、湿度、精液の匂いが容赦無く襲ってくる。
 灯りを消そうとライトに手を伸ばした。光が消える間際、錆びついた銀がキラリと俺の目を刺す。俺が足に巻いていたものを、三怜は毎日手首に巻き付けている。そう思ったら鳥肌が立ちそうだった。
「気持ち悪りぃ」と呟きながら目を閉じる。寝つきはいい方なんだが、脳が勝手に動き出した。いわゆる恋とか、愛とかについて……やれやれ。
 これらのワードについて意見を求められる時、俺の眉間にはシワが寄り、視線は宙をさまよう。
 他者の思考を読み取れない限り、同じ物を見ていても、人が何を認識しているかは断定できない。そもそも同じものを見ているかどうかすら定かではない。だから恋愛について自分が世間一般と違い肯定的な印象を持てないことについて、深く考えたことはなかった。悩む必要はないと思っていた。
 だが三怜という男が現れた。俺のゴムはサイズが合わないとほざき、中出しはしないと約束したのにしっかり全部中に出して健やかな寝息を立てている。こいつの行動はいちいち喧嘩を売ってるとしか思えないが、どうやら本気で俺のことを気に入っていて、俺の側に居たがっていて、俺の”愛”を欲しがり続けてひと月以上が経過した。
 諦めさせるにせよ、あしらうにせよ、俺が何かしなくちゃならねえんだろうなァ。
 やはり眉間に力が入り、どうやらこれは眠れそうにないと悟った俺は、目を開けて寝返りを打った。俺が無理やり押しのけたせいで、三怜は変死体じみた不自然なうつぶせで眠っている。つやつやした金髪がぐしゃぐしゃに絡まって、枕と顔にへばりついてる。恐れ入ったことに、こんな悲惨な状況でも相変わらずキレーなカオだ。何でこんな奴が。何で俺なんだ。唇が歪む。
 俺はこのカオを愛せるのか。そこから考えることにしよう。
 まあ、見ていて気分の悪いものではない。が、大して有難いわけでもない。俺にとってはな。
 中身の方はどうだ? 俺にとって得難いものがそこにあるのか?
 唇の端が上に引きつれた。悪い冗談だ。こいつのこの性格ときたら。笑っちゃうぜ。俺にとってはむしろ難ありと言わざるを得ない。
 却下だな。
 そう決断を下したところで、頭の何処かから声がした。「だから何?」と。 
「こいつにはお前の決断なんて関係ないと思うけど」
 だよなあ。と頭を抱えたところでどっと疲れが押し寄せ、ついでに眠気も押し寄せ、もう一度眠る準備に入ろうとまた寝返りを打つ。
 こいつの匂いにも慣れたなと思いながら目を閉じると、また頭の中で声がした。
「でもセックスは気持ちよかったよな」


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