君のことよく知らないけど 〜延長戦〜
セックス中にリオンさんに乱暴してしまったこと、俺は死ぬほど後悔しながら朝日を浴びていた。中出ししてしまったのもまずいけど、枕に顔を押し付けたのは本当にまずかったと思う。
リオンさん、今はぐっすり眠ってるけど……起きたら黙ってどこかに行ってしまうんじゃないだろうか、それとも俺の首を絞める? いや、警察を呼ばれるかも……
ぐるぐる考えながら彼の寝顔を眺めていると、柔らかく整った眉毛が不愉快そうに歪んだ。
「じろじろ見んの、やめろよ」
いつもそう言われていたことを思い出し、ハッとした。じろじろ見るのはやめよう……嫌がることはしちゃだめだ。
自分にそう言い聞かせ、ベッドを降りる。リオンさんのカーディガンを借りて寝ていたはずが、なぜか起きたら全裸になっていたのでちょっと寒い。
見渡すと、そのカーディガンが床に落っこちていたので拾ってまた着る。リオンさんの匂いが染みついていて、顔がゆるむ。
サイドデスクに置いていた腕時計を手に取ると、もう11時になろうとしていた。リオンさん、仕事大丈夫かな?
心配になったから端末を覗いてみる。彼には内緒だけど、勝手に生体認証を追加させてもらったから、俺はいつでもこの端末にアクセスできる。リオンさんって俺のこと物凄いヘンタイ(それか物凄いバカ)だと思っていて、俺が目の前で彼の端末をいじっても「触りたいだけです」って言ったらそれを信じて好きにさせてくれる。だから実質この端末は見放題。
通話履歴やメッセージボックスをくまなくチェック。夜中に連絡事項みたいなメールが入っていただけで、特に急ぎの連絡は来ていないから、大丈夫そうだ。
喉が渇いたしお腹も空いていたから、何か作ろうとキッチンへ降りる。冷蔵庫を開けると、俺が作ったカレーの残りの他に、食べられそうなものがほとんどない。
賞味期限の過ぎたヨーグルトに、真っ黒く変色して縮んだバナナ。後はお酒とミルクと、俺には読めない言語が書かれた謎の調味料。リオンさん、料理しないのになんでこんなものがあるんだろう、しかもよく見ると開封後要冷蔵って書いてあるけど未開封だ。
俺はカレーでもいいけど、リオンさんは2日続けて同じものは絶対に食べないから、何か作ってあげないといけない。
買い出しに行きたいところだけど、出かけてる間にリオンさんが怒って家出しないか心配だ。
数秒思案した後、俺は2階に戻って再び彼の端末を手に取った。自分の端末とリンクさせて、簡易的な留守番カメラを設定する。これで外に居ても彼の様子を自分の端末からチェックできる。
リオンさんの寝顔と寝室の出入り口がよく見える位置に端末を置いてから、身嗜みを整えるためにまた下へ降りてバスルームに向かう。もしリオンさんが起きても、家を出るなら必ず端末を持って出るはずだし、そしたら行き先もわかるから安心だ。
歯を磨きながら考える。料理は勉強し始めたばかりだから、俺に作れるものは多くない。肉と野菜を炒めて、そこにカレーのルーを入れるかシチューのルーを入れるかの二択だ(スーパーに行って思ったけど、ルーって一体どういう意味なんだろう? どこの言葉?)
どっちにしろ、ブランチ向きじゃない。
シャワーを浴びながら端末のAIと相談し、卵とトーストぐらいなら何とかなるんじゃないかということになった。浴室を出て、自分のフーディーを着直すのをやめて、リオンさんのカーディガンを着る事にする。この服俺には似合わないけど、リオンさんもあんまり着てないみたいだったから(クローゼットの奥にある服で出来た地層の最下層にあった)
「これ、いらないならください」
って頼んだら、すごいイヤそうな顔して
「あげない」
とだけ言われてしまった。ぜったい一年以上着てないし、下手したら存在すら忘れてたはずなのに、なんで意地悪するんだろう……
買い物に出かける前に、もう一度リオンさんの様子を見る。熟睡している時のリオンさんの寝顔は、真剣そのもの。寝息がほとんど聞こえず、硬い表情で身じろぎもしないので、具合が悪いのか、気絶してるんじゃないかと心配になる。
安心できるまでじっと見ていると、不意に凛々しい眉頭がふわりと緩み、固く閉じられていた唇も開いた。小さい白い歯が覗き、それがちょっとだけ動く。
何を言っているのか聞きたくて急いで耳を近づけたけど、もう何も聞こえなかった。リオンさん、どんな夢を見てるんだろう。穏やかな顔してるから、いい夢かな。
俺は床に座り込み、シーツに腕をついてリオンさんの寝顔を眺め、たっぷり5分は経ってからぎょっとして腰を上げた。
どうして俺ってこうなんだろう。好きな人と居ると、時が止まる。
パンをトースターで焼きながらフライパンの上で卵を混ぜていると、リオンさんが降りてきた。俺に目もくれずに浴室へ向かうと、5分くらいで戻ってきて冷蔵庫に特攻し、ミルクを出してプロテインの粉と一緒にシェーカーにぶち込んだ。シャカシャカごくごくしているその横顔を、いつ怒られるかとビクビクしながら見ていたら、
「火ぃ使ってる時によそ見すんなよ」
と睨まれてしまった。でも喋ってくれてよかった。もしかして、あんまり怒ってないのかもしれない。リオンさんて、気まぐれだし、すごく怒ってても、次の瞬間にはケロッとしてることがよくあるから。
「あの、朝ごはん作ってるので食べませんか?」
少し安心しながら声をかけると、
「ちょっとだけ食う」
と言ってリオンさんは椅子に座った。そしてコンコンと軽い咳を繰り返すと、眠そうに目蓋を揉みながら片膝を抱え、端末を操作してテレビモニタをオンにした。その全ての言動が俺にはものすごく可愛らしく見えて、デレデレしながら卵を皿に乗せていると、彼がテレビに向かって文句を言うのが聞こえてきた。
「くだんねー番組。誰が見るんだよこんなもん」
「なんですか?」
皿を並べながら俺も席につくと、
「なんかイケメンのアイドルの番組」
と答えながらリオンさんが俺の皿を持ち上げた。なんだろうと思って見ていると、彼は皿を床に置いた。
「お前今日床ね」
何を言われたのかわからなくて、俺は固まっていた。
おまえ きょう ゆかね。
え?
「椅子に座っていいのはいい子のわんちゃんだけだよ」
そう言いながら、リオンさんは俺のスネを裸足の足でつついた。
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