君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

13. リオン

 結論から言うと……

・三怜は耐え抜いた
・アマデオは2回射精した
・俺は1回

 アマデオは金玉の中身を全て俺の腸内に注ぎ込んでからも、三怜のことを心配そうな目で見ていた。ここまで来ると温和を通り越して頭がおかしいのかと思うな。少しは気まずくなってもいいはずだ。
 三怜の方は、わずか2時間程度で34歳相当の外見に変貌していた。顔色が悪く、白目が濁っている。
「三怜、」
 俺は柄にもなく、少し気の毒に思っていた。怒ったり、泣いたりするだろうとは思ってたが、別人みたいになるとは思わなかった。
 シャワーを浴びて着替えた俺が部屋に戻っても、三怜はまだ同じ場所に同じ姿勢で座り込んでいた。俺は名前を呼びながら、しゃがんで顔を覗き込んだ。三怜は俺の声に反応して、こっちを見た。
「リオンさん……」
 この時の三怜の顔が、忘れられない。俺を憎んでいるようにも、求めているようにも、どっちにも見えた。
 三怜は俺の手を取ろうとして、やめた。
 俺は、三怜といて初めて胸が痛んだ。
「思ったよりキツかったみたいだな。悪い」
 俺の方から、三怜の手を取った。三怜は拒まなかったが、冷たい手だった。
「もう、帰れるんですか?」
 蒼白になった無表情の美人に睨まれると、幽霊に取り憑かれたような気分になる。しかもその声が、暗い洞窟の奥から響いてくるような、不気味な静けさをたたえているとくれば。
 シャワーで上がった体温が、一気に下がった。
「……帰れるよ」
「あの人は……?」
 自分の同僚なのに、三怜はアマデオを名前で呼ばなかった。
「疲れたから寝ていくってよ」
「……そうですか」
「帰ろうぜ。うち来るんだろ」
 三怜の肩を叩いて立ち上がったが、三怜は座り込んだまま俺の手を取って言った。
「あの……彼と少し、話してきていいですか?」
 俺はぎょっとして三怜を見下ろした。俺の表情を見て、三怜はやっと少しだけ笑った。
「殴りかかったりしませんよ。すぐ済みますから、待っててもらえますか?」
「い……いいけど」
 じゃあ、と言って、三怜はぬるりと立ち上がると、隣室で端末をチェックしているアマデオに近づいて行った。俺はハラハラしながら部屋の扉近くの椅子に腰掛け、聞き耳を立てた。
「あの、少しいいかな」
 三怜が自分以外の人間と話すのを、あまり聞いたことがないことに気がついた。同僚とはこんな雰囲気で話すのか。思ったよりも、ちゃんとした大人だ。
「ああ……うん、大丈夫。そっちは?」
 アマデオの少し戸惑ったような声色が、部屋の壁を抜けて俺の耳にすべり込んだ。
「まあ、なんとか。それで、話っていうのは……あの、大したことじゃないんだけど……」
「ルカさんのこと?」
 壁にはばまれていても、ニッコリしているアマデオの顔が見えるようだ。ヤツは公私を分けるタイプだ。ちゃんと元の呼び名に戻してくれてる。「ええ」と答える三怜の声も、少し硬さが取れたようだ。
「ええ、あの……り……る……」
「リオンさんって呼んでるんでしょ? 気にしないで」
 嗚呼、アマデオ。お前は天使だ。とてもスワッピングに付き合うような男には思えない。
「……り、リオンさんと……その……君は……その……」
「深い仲じゃないよ。何度か寝てるけど、仲のいいお客さん」
「そ、う……長いの?」
「知り合ってから? そうでもないかな……1、2年、経つのかな。それくらいだと思う」
「そう……」
 話はそれだけかと思ったが、三怜は中々戻ってこようとしない。俺は白い壁を見つめながら耳を立てたままじっとしていた。菅原三怜は何を考えてるかわからない。突然豹変してアマデオに殴りかからないとも限らないから、その時は止めに入らねえと。
「……他にも何か?」
「あ、リオンさんは……君の顔が気に入ってるって言ってたけど……その、他に何か……」
「……ごめん、話がよくわからないけど」
「だからその……他に何か、リオンさんに好かれるコツがあるかなと思って。君は仕事で指名をもらって、その上何度も寝てるんだよね。だから何か、わかっててやってるんでしょ?」
 何を言い出すかと思えば。俺は頭を抱えた。何考えてるんだ、こいつ。
「それは企業秘密」
 アマデオの笑いまじりの声が聞こえた後、数秒、沈黙が続いた。そしてまたアマデオの声。
「そ、そんな顔されても困っちゃうな……」
 今度は笑い無し、真面目な声だ。三怜のやつ、どんな顔してんだよ。
「悪いけど……真面目な話、ルカさんは俺の見た目がタイプだっただけだと思うよ。あの人、営業みたいなことしても、引っかかるタイプじゃ無いでしょ」
「そうかも、しれないけど……」
 三怜はなかなか引き下がらない。アマデオがタバコに火をつける音が聞こえる。俺が嫌いだから、一緒にいるときは滅多に吸わないんだが……三怜が相当ストレスになってきたと見た。
「……強いて言うなら、犬が好きみたいだよ。犬っぽい顔とか、犬っぽい態度。俺、言われたことあるよ。後、ペットプレイとか好きだよね」
 アマデオが仕事用の声で言う。イラついているのを、押さえている声。普段の声より少し余計に笑みをたたえた声。三怜、早く戻って来い。俺は念をこめて壁を見つめた。
「ペットプレイ?」
 三怜が無邪気な声で問いかける。後で教えてやるから。早く戻って来い。
「リオンさんが教えてくれるよ」
 ソファの革が鳴る音がして、アマデオが立ち上がる気配がした。無意識なのか、俺のことを本名で呼んで。いつも穏やかな彼に珍しく、雑な動作で身の回りの物をまとめながら、足早に俺のいる部屋に入ってくる。
「お先に失礼します。また、店で」
 ニッコリ笑って、彼は出て行った。彼が俺より先に部屋を出たのは初めてだった。
 アマデオが閉めた部屋の扉を見つめているうちに、三怜も戻り、座ったままでいる俺を見下ろした。
「リオンさん、」
 三怜が俺に向かって、手を差し伸べている。この2時間で俺より遥か年上の様になってしまった顔に、疲れた笑顔を浮かべ、奇妙に澄んだ声でこう言った。
「俺、まだ耐えられますよ。あと9ラウンドくらいは」


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