君のことよく知らないけど
糸を切られた操り人形のように、三怜はぐったりとシーツに倒れ込んだ。滝のように汗を流し、身体中がほんのりピンク色に染まっている。
俺も正直かなりブッ飛んでグッタリきていた。ちんこを引きずり出してゴムを外し、ぜえぜえ言いながらゴミ箱のところまで歩いて行ってゴムを捨てる。ゴミ箱の中には、お菓子の包み紙らしき緑色のプラスチック包装がひとつだけ、ぼんやりと光を放っていた。
ベッドへ戻ると、三怜がなんだか満足げな表情で息を弾ませながら俺を見ていた。思いっきりヤッて満足し切った男の顔。
戻ったものの、どうしていいかわからなくなった俺は、とりあえず着ていたシャツをかぶりながら聞いた。
「今何時?」
「え? あ、いま……」
三怜はサイドテーブルに手を伸ばしてタブレットをタップした。「えと。0時20分、です」
「あ〜……終電あるかもな……」
「えっ、帰っちゃうんですかっ?」
三怜はバネ仕掛けのように飛び起きかけたが、静止ボタンを押されたように一瞬固まり、眉をひそめて下を向いた。ケツが痛そうな感じだ。
「うーん……ていうかお金、ググるんなら今見てくれる?」
「え……お、かね……は、いいです」
「え……なんで……」
そんなこと言われると俺も困る。三怜も困った顔をしている。
「あの……お金、いらないから、泊まってくれませんか?」
三怜が俺のTシャツの裾を掴む。俺はその手を剥がして言った。「ちょっと、パンツ履かせて」
三怜は俺に剥がされた手を行き場なく垂らしながら、俺がトランクスを履くところを落ち着かなげに眺めている。掛け布団に巻き込まれていたジーンズを拾おうとしたら、三怜に先に取られて俺は目を剥いた。
「ちょっと、何してんの。返して」
「いやです」
「いやって……」
「お金……お金、俺が払うので……払ったら、いてくれますか」
……困ったことになった。
「ん〜〜〜……なんでそんなこと言うの?」
「なんでって……俺、リオンさん……好き……」
ボソボソ言いながら三怜は俺のジーンズを枕の下に仕舞い込みやがった。
「いや何してんのって」
「ひ、一晩くらい、いいじゃないですかっ」
三怜は突然顔を険しくして俺を睨みつけてきた。美人が怒ると凄まじい顔になる。俺は怯んだ。
「……じゃ、とりあえずシャワー貸して……」
「は、はいっ。あの、俺も……一緒に……」
「それは嫌」
三怜は悲しそうな顔になると、もぞもぞと自分のTシャツを着込みながら「コンビニで着替えのパンツ買ってきますね」と言ってくれた。
浴室を出ると、脱衣所にタオルと一緒に新しいトランクスが置いてあったので、ありがたくそれを履いた。廊下に出るとリビングの電気がついたままだったので、水でも貰おうと入っていくと、三怜が冷蔵庫の前で500ミリの缶ビールを開けていた。
「お前、まだ飲むの……?」
いつの間にか『キミ』じゃなくて『お前』と呼んでいることに気づく。三怜が気付いてないといいと思った。
「喉渇いちゃって……リオンさんも飲みますか?」
「水でいい」
グラスを受け取ると、三怜は「俺もシャワー……」と廊下へ向かった。
「あ、ねえ。俺どこで寝ればいいの」
もう終電は無くなっている。三怜は花が綻ぶような笑顔で俺を振り返った。
「ベッドで一緒に寝ましょう」
「……あ〜……了解」
疲れて眠かったので、素直に頷く。三怜がビールの缶をカウンターに置きながら言った。
「歯ブラシ買っておいたので、よかったら使ってください」
やけに手際がいいなと訝りながら、俺は三怜の後に続いて風呂場へ向かい、ヤツのシャワーの音を聞きながら歯を磨いた。
磨いている間に、あっという間に三怜は出てくる。俺がベッドに入ってタブレットを見ている間、トイレの水を流す音やら、ドライヤーの轟音がBGMになっていた。マネージャーがまだオンラインなので、確認事項を鬼返信しているうちに、廊下の電気が消え、三怜がパンツ一丁で隣に滑り込んで来る。俺の腹に縋り付くようにして横になったかと思うと、数秒後には安らかな寝息を立てていた。
34どころか24にも見えないそのあどけない顔を眉間にシワを寄せて見下ろすと、ため息ついて俺も体を横にした。
どうする……どうする……と頭の中で唱えているうちに、泥のように眠った。
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