君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

7. 三怜

 リオンさんの家は、前時代的な古いタイプのメゾネットマンションだった。一軒一軒がものすごく大きくて、高級住宅街みたいな景色が広がっている。
 リオンさんはぐっすり眠ってしまっていたので、俺はリオンさんの体を抱え上げてタクシーを降りると、抱っこしたまま部屋に入った。寝室は二階だったから、階段を上るのは苦労したけど、ここまでの計画を思えばこんなものは苦労のうちに入らない。
 リオンさんはどんな部屋で寝てるんだろうと何百回も妄想していたけど、俺の何百もの妄想の一つとして正解はなかったことがわかった。
 リオンさんの寝室は、モノであふれていた。まず、そこら中に、クッションと服が散乱している。ベッドがあるのに、床にも薄いマットレスのようなものが敷いてあり、その上にクッションとブランケットが洗濯物のように絡まりあって鎮座している。フローリングの上には男物と女物のジーンズが脱ぎ散らかしてあって、一瞬ドキッとしたけど、リオンさんは細いせいかたまに女物の服を着ているから、多分どっちもリオンさんのだろう。
 部屋の奥は、一面窓になっていた。その両サイドの壁からワイヤーが張ってあって、下着やタオルが部屋干しされている。窓の外には広いテラスが広がっていて、今日は晴れていたのに何故だろう……。リオンさんは変な色や変な柄のタオルばっかり持っている様だった。下着は、黒のボクサーが2枚、エメラルドグリーンのトランクスが1枚。黒のボクサーのうち、履き口に大きなブランドロゴが印字されている1枚だけが、やけに履き古されている様に見えた。唾を飲み込みすぎて、喉が痛くなった。
 ベッドの上も、服が散らばっていた。砂色のTシャツ、白いフード付きのスウェット。俺は服を肘でよけながら、リオンさんをベッドの上に横たえた。
 リオンさんは、シーツの上に着地すると、無意識に手を伸ばして、枕の端っこを握った。それを見たら胸がキュンとなりすぎて、喉の奥から変な音が漏れ出た。思わず俺も手を伸ばし、枕を握り締めるリオンさんの手を上からそっと握った。
 骨張っていて、冷たい手だった。肌はすべすべしていて、爪はつるつるしていた。
 しばらく触っていても、リオンさんは全然起きる気配がなかった。その間も、時折耳がぱたぱた動く。
 細心の注意を払いながら、そっと耳にも触れてみた。ものすごく細かくて密度の高い、絨毯の様な毛皮。油断したら、ギュッと力を込めて握り締めたくなってしまう。俺は荒くなる息を抑えながら、苦労して手を離した。離した手をリオンさんの尻に伸ばすと、尻尾に触りたくなる欲望と闘いながら、ポケットの中の端末を抜き取る。自分の尻ポケットに突っ込んでから、他の部屋を見て回る。
 リビング、キッチン、バスルーム。至る所に、リオンさんの生活の軌跡が見えて、俺はその度によろめいたり、ため息をついたり、自分の端末で写真を撮ったりと慌ただしかった。現場検証の様にうろついているうちに、窓の外が明るくなってきたから、俺はリオンさんのバスルームを借りてシャワーを浴び、リオンさんのタオルを借りて体を拭き、リオンさんの服を借りようとしたら全く入らなかったから諦めて自分の服を着た。伸縮性のあるスウェットパンツなのに、足を突っ込んで膝から上に引き上げようとしたら太ももの所で生地が破けそうになり、Tシャツは一番大きそうなものを選んでも、肩幅が違いすぎて頭を通す以上のことは出来そうになかった。俺は自分の無駄にデカい体を呪った。


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