君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

25. リオン

 原稿とパラデータの納期を無事に乗り越えた俺は、三怜からのメッセージでアマデオとの約束を思い出した。
『締め切り時間過ぎましたね。納品できましたか? 俺も今日は忙しいです。終わったら家に行ってもいいですか? 早く会いたい』
 あ。
 ダフネ行くって言ったのに行くの忘れてた。
『納品できた。店行く』とだけ返し、シャワーを浴びる。風呂から出てくると、端末が光りに光りまくっていて、髪を乾かしながら覗くと三怜から喜びのメッセージがバンバン届いていた。
 アマデオ指名したら怒るんじゃねえのコレ。やだなァ……。

 店に入ると、確かに三怜は忙しそうにしていた。ダフネには珍しく女の客が複数来ていて、その中心に三怜がいた。女はみな若く元気いっぱいで、三怜はいいおもちゃにされている。俺の来店にも気がつかない様子だ。
「ルカさん、」
 アマデオがすぐ迎えに来た。砂色のスーツに高級ブランドの革靴でキメている。唾を吐きかけたくなるくらいセクシーだ。
「来るって言ったのに、遅くなったな」
 とことわると、何も答えずニコッと笑い、俺の手を取り奥へ連れて行く。相変わらずスマートな男だ。
 半個室に入る直前で、背後から全くスマートじゃない声がした。
「リオンさん!」
 三怜が顔やワイシャツにラメをキラキラ光らせながら俺を追いかけてきていた。酒と女の香水の匂いがプンプンする。
「よう、モテてんな。ガッツリ稼げよ」
 俺はひらひら手を振ってソファに座った。
「え? あの、メッセージ見ました。あの、あの俺、今ちょっと、外せないですけど、でも」
 何だかゴニョゴニョとテンパっている三怜にアマデオが言った。
「ルカさん俺指名だから大丈夫だよ。早く席戻って」
 三怜の表情が強張る。アマデオの声が柄にもなくイジワルで、三怜がカワイソーになった俺は補足した。
「しばらくいるから。後でくれば? 一杯くらい入れてやるよ」
 今度はアマデオの顔が強張った。一杯くらい良いじゃねーかよなぁ、この店はトップ争いなんかねえんだしさ。
 三怜はちょっと安心した様な顔になって、俺に一歩近づいて俺の手に触り言った。
「後で来ます。一緒に帰ろうね」
「はいはい。早く仕事して来い」
 骨張った長い指を振り払うと、三怜は締りのない笑顔を残し席へ戻った。アマデオが俺のすぐそばに腰を下ろす。
「ルカさん、今日は俺のご褒美なんじゃないんですか?」
 三怜が触ったのと逆の手をアマデオに掴まれる。関節の細い指。美しく切り揃えられ、ピカピカに手入れされた爪。三怜の顔に似合わぬゴツゴツした手と全然違う。
「そうだよ、だから来たんじゃん。酒もいっぱい飲むつもりだし」
「じゃあ何で三怜くんを呼ぶんですか?」
「えー? 別に呼んだわけじゃないじゃん」
「後でくればって誘ったじゃないですか」
「だってお前がイジワル言うんだもん。可哀想だろ、イジメんなよ」
「別に意地悪なんか言ってないでしょ……」
 アマデオは呆れた様な顔でため息をつく。下を向いて顔にかかった前髪をかきあげながら、
「何飲みます?」
 とぶっきらぼうに聞いてくる。
 こいつ、時々急に俺のこと客扱いしない時があんだよね。いくら何でもこの態度はないんじゃないの?
「何だよその態度は? あ? 俺は客だぞこら」
 ダークレッドのネクタイを引っ張ると、アマデオは低く呻いて俺を見た。その目つきが、ベッドの上で俺をやっつけてる時のそれだったから、俺は思わずアマデオのシャツのボタンに手をかけた。
「ちょっと、ルカさん」
 アマデオは怒った目つきで俺の手首を掴んでそれを阻止した。
「何だよ、ちょっとくらいサービスしろよ」
「……サービスしたら何がもらえるんですか」
 こいつ……金使わせに呼んどいて更に搾り取ろうってのか。
 しかしこの男がこんなに露骨なことを言うのは珍しかった。考えてみればそれなりに長い付き合いなのに、店以外で貢いでやったことが無いなと思った俺は、少しはカッコつけた方がいいかなと考え直す。
「何か欲しいもんでもあんの? 店には金落とすつもりで来たけど、たまには何か買ってやろうか」
 アマデオは俺の手首を掴んだまま固まっている。俺は首を傾げて続けた。
「何? ちょっとくらい高くてもいいよ」
 瞬間、アマデオはものすごく繊細な表情になって俺から目を逸らした。何やら俺がとてつもなく酷いことでも言ったような空気がそこらじゅうを漂い、俺は混乱した。
「アマデオ? どーした?」
 手首から離された手を握り返して顔を覗き込む。そういえばこいつ、今日に限らず最近態度がおかしいよな。仕事の話になると暗くなるっていうか。上手くいってねえのかな、売り上げ落ちたりとか? そうは見えねーんだけどね。太客に飛ばれでもしたか。
 アマデオは下を向いたまま返事をしない。
「おい、どーしたよ。なんか困ってんの? 手伝えることなら手伝ってやるから言ってみろよ」
「……やさしく……んんッ」
 かすれた声で何事か呟くと、アマデオは顔を背けて咳払いした。
「え? 何?」
「何でもないです、すいません」
「は? 何が? 優しくしてって言わなかった?」
「言ってません」
「でもそう聞こえたんだけど」
「優しくしないでって言おうと思ったんですけどやめました」
「は……? 何それ、なんかのセリフ? ナゾナゾ?」
「ナゾナゾってなんですか……」
 アマデオは力なく笑って下を向いた。
 え……それで終わり? 
 意味わかんねーーーーーーなんなのコレ?
 俺はアタマがもげそうなくらい首を傾げてアマデオを眺めた。アマデオも顔を上げて俺を見る。
 数秒黙って見つめあった後、アマデオがふっと目を逸らして酒を作りながら言った。
「そうしてると本当に動物みたいで可愛いですね」
「はぁ!?」
「ネコちゃんどうぞ」
 俺の好きな銘柄がソーダ割りにされ、美しく泡を立てて目の前に現れる。
 アマデオからは酒の匂いがしなかった。酔ってる訳でもないのに、こんなに情緒不安定な様子が気にかかった。
 知り合って以来、愚痴を吐き鬱陶しく絡むのは俺の役目だったはずだ。仕事が途切れた、仕事が終わらない、疲れた、暇だ、楽しませろ。アマデオはそんな俺を癒す存在であり、俺に何かを求めたことも、俺の何かを拒否したこともない。それは金を貰ってる側としては当然のことだろうが、やれ同伴だとか何か欲しいとか、そういう営業やおねだりもほとんど聞いたことがない。
 だから最近のこの様子は、何かあったとしか思えなかった。俺に出来ることがあればしてやりたいが、優しくすんのはダメなんだと。そうなると、俺がこいつに関われることは残り少ない。セックスと金。
 ま、もともと優しくするのなんて得意じゃねえし、出来るとも思えねーから。
「よし決めた」
「え?」
「今日は有り金はたいてやるよ。来月も金入ってくるし、そしたら他の店でも使ってやるから」
 アマデオは思ったほど嬉しそうな顔にならなかった。むしろ数秒、目を伏せた。でもすぐに俺を見て、「来てくれるだけで嬉しいです」と笑った。
 こんなこと言われると、全財産つぎ込んでやりたくなる。


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