君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

15. 三怜

「あ……わんわんっ」
 リオンさんの胸元に頭を擦り付けながら俺はかわいこぶった。リオンさんは俺の頭を撫でながら、俺を甘やかす様な声を出して言った。
「三怜、俺のことやりたい?」
「え?」
 一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。
「アマデオとやった時、なんか怒ってたじゃん。お前もタチやりてーのかなと思って。なんか最初やった時も、それっぽい話してたよな?」
「あ……え……? やり、やりたい……ですけど……」
「じゃあやる? 最近いい子にしてたから、ご褒美」
 いい子にしててよかった! 
 頑張って犬のふりをしたり、最近は電話やメールの回数も減らしたりしたから、きっとそのことだ。我慢してよかった。本当によかった!
「やりたいです! やりたいっ」
「じゃあゴム、そこね」
 サイドボードの引き出しを開けたら、嬉しさに動悸がした。このゴムを自分につけられる日が来るなんて。
 俺がゴムを取り出してる間に、リオンさんは自分のベルトを外してる。俺が外したかったけど、それどころじゃなくなってしまった。
「リオンさん、あの……」
「あ?」
 リオンさんはジーンズを半分だけ下ろした姿で、端末に視線を落としていた。仕事のメールかもしれない。少し、怖い顔。
「あの、ゴムが……その、サイズ……が、あの……」
「は?」
 リオンさんは端末から目をはがして、俺の顔を見て、俺のちんちんを見た。それからもっと怖い顔になった。
「何? 入んないの?」
「は……い……」
「マジで言ってんの?」
「あ、の……はい……やぶ……多分、破け……」
「お前持ってないの?」
「も、持ってない……です」
「じゃ、また今度だな」
 リオンさんはまた端末を手に取ってしまった。
「う、そ……そんな……でも……!」
「残念でした〜」
 棒読みでそう言いながら、端末に何か打ち込んだ後、リオンさんは俺の手からゴムを奪い取ろうとした。
 俺は反射的に身を引いた。
「おい。何してんの、貸せって」
「いやです。だって、やっていいって言った……」
「だからしょーがないでしょって。今度やらせてやるから。今日は我慢しろ」
「やだ! リオンさん忘れちゃうかもしれないじゃないですか!」
「忘れない忘れない。はい、貸しな」
 無理やり奪われそうになって、思わずリオンさんの手を掴み、そのまま俺は……押し倒してしまった。
「三怜、」
 リオンさんは怒った顔で俺を見上げた。でも、俺の体格でのし掛かられたら、絶対起き上がれないのはわかってる。彼も、俺も。
「な、なま……なま、で、」
「あぁ?」
 リオンさんの怒った顔はカワイイ。耳が後ろに寝て、歪んだ唇から鋭い犬歯が覗く。俺は勇気を振り絞った。
「生……で。生でやります」
「やりますじゃねーよ!」
「俺、検査してます。ビョーキじゃないです」
「知らねえよ! どけ!」
「いやです。やっていいって、リオンさん言った……」
「だーかーらぁ」
 リオンさんは起こしかけていた体をどさっと枕に投げ出すと、思い切り顔を仰向けて天井に向かって大きなため息をついた。
 俺はその体を追いかけ、リオンさんを抱きしめる。
「リオンさん……俺、いい子にします。これからも。お願いします。何でもしますから」
「何でも〜……?」
 リオンさんは興味なさそうに天井を見てる。俺にして欲しいことなんて何も無いのかも。悲しい……。
 しょんぼりしてたら、リオンさんが「おい」と膝を立て、俺のお腹を押して来た。
「んじゃ、お前さ。朝早く来んのやめて。今度から」
「え?」
「朝来るでしょ。最近」
 確かに、リオンさんとの〈約束〉を果たして以来、俺は休みの日は朝から彼の家に上がり込むことが多くなっていた。だって、付き合ってくれるって言ってたし。リオンさん、意外と律儀なとこがあって。あれ以来、訪ねていけば家に上げてくれるから、俺は嬉しくて暇さえあればこの家に来ていた。構ってくれることはあんまりないけど、出て行けとか、来るなとかは言われない。でも、やっぱり迷惑だったかな?
「……ダメなんですか?」
「だめだよ。ねみいよ。困ってんだよ」
 うんざりした顔でリオンさんは言った。
 眠いのなんて、わかってる。だからそのうち「勝手に入って来い」とか言って、合鍵くれるの期待して朝から行ってたのに。
「じゃあ、合鍵とか……」
 期待してても無駄なら、自分で言うしかないと思って言った。リオンさんは、嫌そうに目を細めて、俺の発言を無視した。
「はあ」とため息をついて、端末をまた見てる。「うるせえなあ」とぼやきながら、端末を床の上のクッションに放り投げる。うるせえなあっていうのは、仕事のメールに対してと、俺に対してと、半々だろう。
 これ以上催促すると本気で怒られそうだから、黙って下を向いて静かにしていたら、リオンさんがまた俺の膝をつついた。
「お前、ちゃんと外出しできんの?」
「え……?」
「ケツん中、出さないならいいよ。こんなことで死にそうな顔すんのやめて?」
 やった! と言いたいところだけど(死にそうな顔なんかしてたかな)、俺は一瞬だけ迷った。
 外出し……中……我慢できるだろうか。もし我慢できなくて中に出してしまったら、リオンさん、ものすごく怒るんだろうな。ぶん殴られるかも。それならまだいい。嫌われちゃったら……。
 でも、結局はうなづいた。だって、やりたい……どうしても。


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