君のことよく知らないけど 〜延長戦〜
「三怜?」
大丈夫っつったのに、思いっきり大丈夫じゃない顔してるから、ちょっと心配になって名前を呼んだ。
「後で電話しますね」の翌日、電話で三怜は開口一番、
『付き合ってください』
と明瞭に言った。俺は、「見んの大丈夫なのね?」と念を押した。
『大丈夫です』
聞き間違いじゃない。間違いなく、大丈夫と言った。
それなのに三怜は今、俺に返事をせず、顔も向けず、ただ視線だけをおろおろビクビクさせながら動かした。
「三怜? 体調悪いのか?」
吐きそうな顔してるから、ちょっとタンマ、とアマデオを避けて、三怜の顔を見にベッドを降りる。アマデオは「はいはい」とニコニコしてる。こいつほんと、いいやつ。好き。
「リオンさん……」
近寄ってしゃがみ込み、顔を覗き込むと、三怜はやっとこっちを見た。
「げっ……な、泣いてる……」
びっくりして思わず呻くと、背後からアマデオが「やめますか?」と聞いてくる。俺が「やめないやめない」と答えると、三怜の美しい下瞼に生えている美しい下まつげから、溜まりに溜まっていた涙の粒がボロボロとこぼれ落ちた。
「泣くなよっ」
こんな顔のやつがこんな泣き方をすると、どう見えるかわかっていて、わざとやっている様にしか見えない。少なくとも、俺にはそう見える。
イラッときて、ガツンと言ってやったら、三怜は唇を震わせて俺の手に縋り付いてきた。ザ・お涙頂戴ってやつ。ふざけんなよ。
「リオンさん……嫌だ、嫌です……」
「お前、大丈夫って言ってたじゃん。忘れた? 後からそういうの、無しじゃない?」
「だって……だって……」
「だってじゃねえよ。我慢しろ。泣くな」
キッパリと命じて、俺はベッドの上に戻った。アマデオが、ちょっと気の毒そうな顔をして三怜を見ている。俺はその輪郭に手を伸ばし、唇に唇を重ねた。俺の断固たる決意を感じ取ったのか、アマデオはすぐに物分かりよく、俺の唇に応えてくる。頬に添えられた俺の手に手を重ね、もう片方の手で俺の肩を抱き寄せる。この男は三怜みたいなのと違って、自分の性欲とか欲求よりも相手の様子を見て、そこに合わせてくる様なセックスをする。その優しさというか、懐の広さみたいなものっていうのは、俺の中には無いもので、すごくいいなと思う。
俺がアマデオに触れられている手と逆の手を彼の頭に回すと、背後から三怜のすすり上げる声がボリュームアップするのが聞こえた。リオンさん! と鼻声で訴える声も聞こえたが、無視無視。
アマデオが少し唇を離し、チラッと俺の顔を見る。俺が三怜に反応しないのを見て取ると、肩を抱く手に力を込めて、そのまま俺を押し倒した。ベッドの軋む音に重なって、三怜が立ち上がる音がした。
「リオンさんっ、嫌です! ねえ、やめて、やめてっ」
ばたばた近寄ってきて、俺に覆いかぶさるアマデオに手をかけようとするのを、下から手を伸ばしてはたいてやる。
「三怜、大人しくしてろ」
「いやです! リ、リオンさん、ネコやるんですか? なんで? ねえ、なんでっ」
「俺が猫なことなんか、見りゃわかんだろ」
「そ……そういう意味じゃないです! 誤魔化さないでください!」
さっきまで美しく儚げだった三怜の顔は、アーティストが描いた般若の絵の様になっていた。アマデオは状況が読めない様で、キョトンとした顔で首を傾げている。アマデオと寝る時、俺はタチに回ったことが無い。三怜相手にも、ウケでヤッてると思っているんだろう。
「そんなんどっちでもいいじゃん。いいから黙って見てろ」
「嫌です。そっちやるなら、見てるのなんて、絶対無理です。知ってたら止めました。俺、こんなの無理です」
三怜は怒りのあまりか、青ざめ始めていた。声が妙に柔らかくなっているのが不気味だ。アマデオが迷い始めているのが、下から見ていてもわかった。やってる間に後ろから刺されでもしないかと思うのも無理はない。
「三怜!」
アマデオに悪くて、俺はデカい声を出した。三怜はビクッと肩を震わせた。
「嫌なら帰っていいよ。もう電話とかもしてこなくていいから」
三怜の顔が歪み、アマデオまで「可哀想……」みたいな顔で見てくる。俺が悪いの? 後から無理って言ってくるコイツが悪いんだろうが……。
三怜はまた「儚げモード」の顔になり、涙をびしょびしょに溢れさせながら俺の手を取ろうと手を伸ばしてくるので、またその手をはたいて言った。
「お前が触んの無しって、言ったよね? 約束守る気ないんなら、マジで帰って」
「リオンさん……やだ……俺、帰りませんっ」
三怜は行き場を失った手でベッドのシーツを握り締めながら、俺を見つめてしゃくりあげる。
「一緒に帰るまで、ここにいますっ。電話するなとか、言わないでっ」
「じゃあちゃんと約束守って。俺にもアマデオにも触んなよ。リオンさんリオンさんて、うるさく泣くのも無し。黙って最後まで見てろ」
出来るか? と目を見て聞いたら、
「……出来たら、一緒に帰ってくれるんですよね? 俺の家か、リオンさんの家……」
「なんでお前んちなんだよ」
「じゃ、じゃあリオンさんち……一緒じゃないとやだ……」
帰ったらちょっと仕事したいんだけど……と思ったが、まあ一階に置いといて、上がってくんなって言えばいいかと思い、「いいよ、出来たらね」と答えた。
三怜だけじゃなく、アマデオまでホッとした顔で俺を見た。振り回されて、コイツが一番かわいそうだよ……。
次へ
戻る