君のことよく知らないけど 〜延長戦〜
かくして三怜は、俺の自宅の住所、アプリのIDを手に入れ、相変わらず元気よく、毎日メッセージを送ってくる。メッセージだけじゃなく、本人が家に来たりもする。
俺は始め、しつこいメッセージや本人の凸よりも、三怜の思惑がイマイチ把握できないことに、一番イラついていた。ヤツは俺のことが好きだといい、付き合って欲しいと言ってくる。付き合うって、何?
以下、俺と三怜の不毛なメッセージのやり取り。
『お前と定期的にデートしたりすればいいわけ?』
『まあ、そうですかね。あと、電話とかメールとかも、俺、毎日欲しいです』
『ふーん。お前って、そんなに暇なの?』
『暇とか、そういうことじゃなくて。忙しくても、したいんです』
俺は忙しい時どころか暇な時でも無理。と、思うだけ思って返事はせずに放置した。
こんな風に放置するたび大騒ぎして、泣きながら電話をかけてきたり、家の前で地縛霊の様に立ち尽くしたりする三怜に、俺はひと月でお手上げ状態になった。
「三怜てめえ! 自分の要求ばっか突きつけてくんなよ!」
ジメジメした小糠雨が降り注いでいた昼下がり、玄関ポーチの先にある街路樹の下に見慣れた長身を見つけ、俺はついに大声を出した。AM11時起床、シャワーを浴びてプロテインバーを食いながらカーテンを開けたら見えたのだ。
プロテインバーを握り締めたままの俺が、素足でスニーカーを履き潰しながら玄関のドアを力任せに開け放つ。三怜はすぐに気づいて、傘の下で俯いていた顔を上げた。
「リオンさん! 今、メッセージ送ったところで……」
「読んでねえよ! 返事もらってから来るもんじゃねえの? 普通? つーかお前! 家の前で立ってんのとかホントやめてって言ったよね? こええんだよ! ユーレイかよ!」
「だ、だって……昨日の夜も送ったのに……読んでないのはリオンさんの問題でしょ……?」
「俺は悪くねえんだよ!」
話が通じなさすぎて目眩がした。三怜は困った顔をしながら、半透明のビニール傘を俺に差し出してくる。
「リオンさん、濡れちゃいますよ。部屋、入りましょう」
入りましょう、じゃねえよ! 自分ちかっつの。雨のベールを透かして水彩画の様に光る三怜の美貌を見上げて俺は吐き捨てる。三怜はなぜか頬を薄紅色に染めながら目を伏せ、照れた様に唇を噛んだ。
なんなんだよこの反応は? もう一つもわかんない、こいつ。イヤ。
俺は頭の中でオカマみたいに叫んだ。口に出さない理由? こいつには、俺の言葉が通じないことがわかってきたから。言葉で伝わらないなら、行動で示すしかない。
家に入れるのはシャクだったから、近くのカフェに移動した。俺の口数が少ないことに三怜はビクビクしながらついてきて、席についてコーヒーが運ばれてくる頃には血の気が失せていた。
「……顔色悪いけど、具合悪いの?」
一応聞いてみたら、「悪くないです」と掠れた声で呟いた。
「それより、あの……あの、何か、話……ですか?」
「ああ、うん……」
「なん、なんの……話ですか?」
「何の話だと思う?」
「……あの、俺が……いきなり家に行ったから……」
「行ったから?」
30……いくつだったか忘れたが、実年齢は確か俺より上だったから中年も中年のくせに、三怜は怒られている子供の様な顔をして、コーヒーカップを両手で包み込んでいる。
「行ったから……おこ、おこ……怒られ……怒ってるん、ですよね」
上目遣いに訊かれ、苛つきが復活した。こいつ、俺よりかなり身長高いくせに、座高は同じくらいだな……。
「まあ、怒ってるね……」
「ごめ……ご、ごめん、ごめんなさい……」
赤い唇を震わせながら三怜が吃るのを、コーヒーを啜りながら見た。
「付き合って欲しいんだっけ、俺に」
「え……?」
三怜が目線を上げた。
「付き合って欲しいって、言ってなかった?」
「あ、い、いい……言いました」
「よくわかんないけど、お前も俺に付き合ってくれるなら、そういうことにしてもいいよ」
紙のように白かった三怜の頬に、さっと赤みがさした。
「え、い、いいって……あの、」
「俺に付き合ってくれるならね」
どういう意味かわからない、という目で、三怜は小首を傾げる。
「俺が他のやつとやってるとこ、見てられる?」
どういう意味か説明しても、三怜は「わからない」という顔をしていた。コーヒーを一口飲んで、三怜が理解するまで待とうと思ったが、三怜の顔色がまた白くなってきたから、とりあえず続けることにした。
「そういうのが好きなんだけど、それ我慢できるならいいよ」
三怜はまだ黙っている。
「あ、お前もそういうの好きだったりする?」
「そ……そういうのって、そ、」
「見られるの興奮するみたいな。見るのでもいいけど」
「そ、す、好きじゃないです……たぶん……」
「あー……だよな。じゃあやっぱキツいかな、無理?」
俺の目を見たり、手を見たり、自分のコーヒーを見たりしている三怜の返事を待つ。いつの間に外の雨が上がったのか、店に客足が増えてきた。隣のテーブル席に女学生が二人、腰を下ろした。二人とも、チラチラと俺の耳や、三怜の顔を盗み見る。俺の耳や三怜の顔は一生モノだが、お前たちの若さは一瞬だぞと、そっちの方が貴重なんだぞと言ってやりたい。
「あの……それ、み、見て、見てられたら、付き合って……」
「え? あ、ああ……お前が我慢してくれるんなら、俺も電話とか、頑張って出てもいいよ」
「あの、電話だけじゃなくて……会ったり……寝たり、とか……」
「あれでしょ? めちゃくちゃ仲のいいセフレみたいなことでしょ?」
「セ……」
三怜と、隣の女学生と、合わせて3人から、何とも言えないムズムズするような嫌な空気を出され、俺の尻尾は丸まった。ちげえのかよ……。
「……まあよくわかんねえけどさ、」居心地の悪さを、足を組み替えることで切り替えようとしながら、俺は話をまとめに入る。
「まあ……そういうことだから。はい。この話終わり」
まとまんなかったな……と思いながら立ち上がろうとしたが、三怜が席を立つそぶりを見せずにボンヤリしてるんで、俺はその頭を軽くはたいた。
「おい。あとお前の問題だから。話終わりね。どうするか決めたら連絡して。俺帰るよ」
「あ……リオ……リオンさん……」
「何?」
テーブルに片手をついて、履き潰しっぱなしだったスニーカーのかかとを直しながら聞いたら、三怜は俺のチンコのあたりをじろじろ見ながら、
「リオンさん……腰細い……」
と掠れた声で呟いた。俺はもう一回その頭をはたいた。ついでに真っ白い頬もつねった。
三怜は最早お家芸になっている「切なげな顔」をして俺を見上げ、
「後で電話しますね」
と、今度はハッキリした声で言った。
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