君のことよく知らないけど 〜延長戦〜

1.

『リオンさん、今日お仕事忙しいですか? 電話したら迷惑ですか? 5分くらいでもいいです』
『リオンさん、おはようございます。昨日電話してくれてありがとうございました。してくれると思ってなかったから、俺、すごい嬉しかった』
『リオンさん、俺、お願いがあって。絶対ストーカーとかしないから、どこの区に住んでるかだけ教えてくれませんか? 駅わかれば、俺、行くんで、お仕事の後でもいいから、少しでも会えませんか?』

 三怜からのショートメッセージ、平均1日3〜4通。
 俺は返事をする時もあれば、しない時もあった。煩くて、電話して黙らせようとしたら、涙声で喜ばれて、怒鳴れなくなったりもした。
 三怜は俺を普通の会社員かなんかだと思ってるらしい。電車で通勤する様な。残念ながら、俺は基本、在宅勤務だ。一日中、家ん中でパソコンに向かってウンウン唸っている様な仕事だ。つまり、やたらとメールだの電話だのされると、本気で鬱陶しい。勤務時間なんて決まってないから、「仕事が終わったら」とか、「仕事が忙しいのか」とか言われても、答えようがねえ。
 
 あれから一度だけ、また店に行った。金を払いたかったから。
 三怜はセックスして以来、鬼の様に電話を掛けてきていた。料金を決めてくれたら店へ行くと言ったら、金額をメールしてきたので、現金を持って店へ行ったら、金は受け取らずに俺の手を握って泣いた。
「もう会えないかもしれないと思った」と、女の様にぐずぐずと言い、仕事中だと言うのに肩を震わせてドラマの様に泣くので、俺は慌てた。
「とにかくコレ、受け取ってよ」
 ひきつけを起こした様に震える肩を抱いて、金の入った封筒を渡すと、
「そんなにイヤだったんですか」
 と掠れた声で呟きながら、すだれの様に垂れた前髪の隙間から俺を睨んだ。暗く湿ったその視線は、俺の背筋を震え上がらせた。
「まさか。嫌なんかじゃないさ。楽しかったよ」
「……ほんとですか?」
 三怜は俺の手を撫でながら小首を傾げて聞いてきた。
「ほんとだよ。三怜くんエッチだったから」
 適当に口説いて遊んで帰ろうと思い、俺は三怜の小さい頭を撫でながら囁いた。三怜は涙で目元を赤く染め、俺を見つめ返して言った。
「リオンさんって独身ですか?」
 想定外の質問に俺の思考は停止した。
「なんだって?」
「リオンさん、独身ですか?」
 三怜は俺の指輪を爪先で弄りながら同じ質問を繰り返す。
「独身だけど。なんで?」
「じゃあ、恋人は?」
「どうしたの。変なこと聞くね」
「いるんですね」
 三怜がまた亡霊の様な目で俺を見た。
「まいったな。いないよ」
「ほんとかな……」
 ほんとだった。恋をしていないので、これは真実だ。
 
 その日はその後、三怜に他の客の指名が入ったので、俺は他のキャストを呼んで少しだけ飲んで帰った。2時間くらいいただろうか。三怜は度々、俺の方を見ていた様だった。
 俺は元来、こういう店でキャストを口説いたり、モテたりするのが好きだ。見られていたのは気付いていたが、こっちも金を払ってるんで、席についたハタチくらいの青年を口説いてヘラヘラしていた。それがよくなかったんだろう。その青年とはイチャイチャしただけで帰ったが、その後届いたメールから、三怜の様子が明らかにおかしくなった。

『リオンさん、今日はお店に来てくれてありがとうございました。でも途中から指名入っちゃって、すごく残念でした。今度はお店とか関係ないところで会いたいです』
『リオンさん、俺がシフト入ってない日も、マガに来たりしてるんですか? 俺以外に、誰指名してますか?』
『すいません、返事がないんで、顧客データ見ました。小柄な方がタイプですか? 俺、手術したら、もっと会ったりしてもらえますか?』

 昼に起きたらこんなメールがワンサカ届いていて、血の気が引いた俺はすぐに電話をかけた。
 三怜は2コール目で出た。
「三怜くん? 俺だけど」
『リオンさん、電話くれるなんて、嬉しいです』
「メールごめんね、今見て。寝てたから」
『いえ、こちらこそ……たくさんメールしちゃって……』
「や、それはいいんだけどさ。内容の方がね。手術とか、冗談でも怖いから、やめようぜ」
『あ……はい……ごめんなさい……』
「うん。そんじゃ。それだけ」

 これも後から学んだことだが、こういう風に俺のタイミングで電話を切ると、三怜はその後怒涛のメール攻撃をしてきやがる。
『電話ありがとうございました。リオンさんの声聞けて嬉しかった』
『変なメール送っちゃったこと、ほんとごめんなさい。昨日レンがリオンさんのことカッコいいとかカワイイとか言いまくってたからショックで……。耳、触らせたってほんとですか? アフターしてないから、エッチとかしてないですよね? リオンさんが他の男といちゃついてんの、見てるだけで頭おかしくなりそうでした。もう見たくないです』
『付き合ってるわけでもないのに勝手なこと言ってすみません。レンみたいなのが好みですか? 手術しなくても、髪とか目の色は変えられるんで、好きな色あったら教えてください』
 
 怖気立つ様なメールがbotの様に次から次へと受信ボックスへ放り込まれ、俺はコメカミに青筋を立てて再び電話をかけた。
「三怜くん? あのさあ」
 ブチギレかけていたはずだったが、怯えた子供の様な声で電話に出た三怜に、俺の勢いはたちまちしぼみ……
「あー……俺さあ、言いたいことあんだけどさ、」
「な、なんですか……?」
「俺が今まで見た中じゃ、三怜くんが一番キレイでかわいーよ」
 バカみたいなことを言っていた。
 三怜は一瞬沈黙し、なんだかふにゃふにゃとお礼みたいなことを言っていたが、俺が「仕事あるからしばらく連絡できないから」と続けると、
『あの、一個だけ教えてください』
 と深刻そうな声で聞いてきた。
「何?」
『レンに耳、触らせたんですか?』
「……覚えてねえ。忙しいから切るよ」
 女の腐った様なやつとはコイツのことだなとイラつきながら、俺は端末の電源を落とした。


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