君のことよく知らないけど

3.

 三怜との初めてのセックスは、忘れたくても忘れられない。
 あの野郎、僕お酒弱いんです〜とか言ってたくせに、一口飲ませたら止まらなかった。
「俺のより強く作った?」
「あ、の……結果的に……はい」
「だいじょーぶ? 無理しなくていいよ」
「あ、はい……大丈夫、ありがとうございます」
 三怜は紙のように薄いグラスをそのデカい手に包み込み、うるうるした目で俺を見た。その手つきを見て、ああこいつ酒好きだな、とうっすら思ったね。一度グラスを持ったら離さないやつの手だ。なんで飲めないフリなんかするんだか。と、その時は純粋にそう思った。
 飲めないフリをする理由はすぐ分かった。三怜は酒乱だった。酒乱って言っても色々あるが、まあ可愛い方。かと言って、大歓迎でもないカンジ。
 一杯目を俯きがちに、しかし水でも飲む様にするりと飲み終わると、俺が面白がってすすめるままにどんどん杯を重ねた。重ねるごとに、俺に対する遠慮も薄くなっていった。
「あの、リオンさん、は……」
「ん?」
「この店、よく来るんですか? 俺、初めてですよね?」
「初めてって、俺と会うのが?」
 三怜の会話には主語がない。うざいと思う時もあるけど、まあ大抵は可愛く思える。
「はい。会うのが」
「初めてだね。店はね、そんな来ないね。俺、オカネモチじゃねぇのよね」
「そうなんですか……」
 残念そうな顔。素直すぎんだろ。俺が金持ちじゃねえことを否定しろってなもんだが、下手なお世辞は好きじゃないし、子供っぽくて可愛いなと思った。
「三怜くんは? ここ来てどれくらいなの」
「ええと……3ヶ月くらいかな……」
「もう慣れた? 楽しい?」
「ええと……慣れないかも……楽しく、なくも、ないかも……?」
 毒々しいピンクの酒に目を落としながら、三怜はゴニョゴニョと子供の様にしゃべる。プラチナブロンドの長い前髪が目元を隠した。この男はとにかく目元が美しい。俺は手を伸ばしてそのさらさらした髪の毛をかき上げた。驚くかと思ったら、髪よりは少し色の濃い眉毛を困った様に八の字にして、世にも切ない表情で俺を見るので腰が抜けそうになった。この顔で同伴稼いでやがんのかね、と思いながら、そしらぬふりで聞いてやる。
「男に触られたりすんのが慣れないの?」
「あ……えと……男、の人は……」
「だめ?」
「あっ……だ、だめ、じゃなくて……じゃないんですけど……」
「ごめんね、髪。気をつけるよ」
「えっ、あっ、いやっ。あの、嫌じゃないです、あの、お店だし……俺……嫌じゃないしっ」
 三怜は耳まで真っ赤になって唇を噛みながら俺を見た。演技だとしたらすげえなと思った。演技じゃないならちょっと馬鹿っぽい。まあ演技でも馬鹿でも、俺が楽しいからOK。金払った分、イチャイチャしてやろうと思った。
「嫌じゃないの? 男平気?」
「あ、はい……平気、かな……」
「男と出来る? 客とやってんの?」
「あ、ええと……」
 三怜のグラスを持っていない方の手が、膝の上からフラフラと股間の上に被さるのを俺は見逃さなかった。
「どうしたの? おしっこ? トイレ行ってきていいよ」
「ち、ちが……」
 三怜はまた髪の毛で目元を隠し、俯いてしまった。こいつ、マジで勃起してるわけ? 俺、まだなんもしてないんだけど……。
 顔で女の客だけ取ってたのかな、男は相手したことないのかも、と想像したら、ますます楽しくなってきた。俺と喋ってて勃起するってことは、男とセックス出来るってことだろうしな。
「酔っちゃった? トイレ連れてってあげよっか」
「あ、いや……だい、だいじょうぶ、です」
「ほんとに? ガマンしなくていいんだよ」
 意識して触れ合わない様にさせていた太ももに、三怜の方から脚を寄せてきた。俺の着古したデニムに、三怜のいかにも高級そうなスーツの生地が擦れてシワを作る。
 トイレでやっちゃおっかな〜なんて思っていたら、三怜が顔をあげてチラチラと店の奥を伺い始めた。それを見て、ふとこの店のアフターについて思いを馳せる。本人に聞くことにした。
「三怜くん、ここアフターってどうなってんだっけ? 店にことわるの? 自己責任?」
「あ、あ、アフターですか? アフター……アフター、してくれるの?」
 子供っぽいを通り越して、幼児の様な喋り方になってしまっていた。相変わらず股間を隠しながら脚をもぞもぞさせるその様子は、普通のヤツから見たらキモいんだろうが、俺は趣味が悪いのでなかなか興奮した。
「してほしい?」
 腰に手を回しながら聞いてやる。ケツは薄そうだが腰はがっしりしていた。糊のきいたワイシャツが手のひらに心地いい。
「あ……して、欲しいです……」
「何を?」
「えっ? あ、え?……あ、あの、あふ、あふ……」
「な〜に? どしたの?」
「あの、あの……いいんです、お店、あふたー……お金も、勝手に……」
 なんだか訳のわかんねえことをふにゃふにゃと言い出したので、じれったくなって脇腹をつねった。
「あっ、や……、りお、りおんさん……」
「アフターいいのね? 店終わってから?」
「あ、店……予約なかったら、いつでも……」
 つまり予約指名がなければいつでも勝手に客と商売していいって訳だ。いい店だ。客からしこたま金を取り、三怜の様な美形を飼ってるだけのことはある。
「じゃあもう出る? おっきくなってんでしょコレ」
 隠してる手をどけて股間を軽く撫でると、三怜はびくんと震えて俺の手を押さえた。
「あっ……リオンさん……あふ、あふたぁ……して……? 俺、リオンさんとやりたい……」
 可愛い顔して俺の手にすがりつき、何やらむにゃむにゃ言ってたかと思ったら、唐突に直球な発言が飛び出して俺は飲んでた酒を吹き出しかけた。
「ぶはっ……なに、なんだ……急に正直になったな」
 笑いを堪えながら三怜を見ると、
「あ、ご、ごめんなさい……や、やだ? 俺、酔ってるから? だめですか? 嫌いですか?」
「やじゃないよ。酔ってんの可愛いよ、好き」
 頭を撫でてやったら、三怜のとろんとろんの顔が大画面で接近してくる。「ほんと? 嬉しい、俺もリオンさん超タイプです……超やりたい……」
 俺は超タイプだと言った覚えはなかったんだが……まあいい。俺と超やりたいらしい三怜は、
「お店に言ってきますね」と言い残すと、思いのほかしっかりとした足取りでソファから立ち上がり、店の奥へ消えた。
 〈マガ〉は会員制で、会計は登録口座から勝手に引かれるので、客が退店する際、手続きは何もない。やることがないので俺は自分のタブレット端末を見ながらぼけっと待っていた。仕事の件でマネージャーから数件のメッセージ。企業からも数件。わずらわしいがありがたい。仕事をがんばればがんばった分だけ、こういう店で楽しく遊べる。
 三怜はすぐに戻ってきた。なんと私服に着替えていた。黒いサマーニットに白いスウェット。カバンを持ち歩かない主義なのか(俺と同じだ)、片手に手のひらサイズのタブレットだけ持って俺の方へ歩いてくる。座って見ていると、恐ろしく脚が長い。ヤるのはいいけど、こいつと並んで外を歩くのは嫌だなあとちょっと思う。
「リオンさん、上がってきました……い、いきましょ……」
 足取りはしっかりしてるくせに、口調が相変わらずデロデロしている。なんだかハァハァしながら俺に手を伸ばし、俺の手を掴み、子供がママを引っ張っていく様に俺を急かす。
「服、どうしたの?」
「え? 服……変ですか?」
「じゃなくて……スーツは?」
「あ、あれ……お店の……お店でクリーニング、だから……」
「ふーん」
 三怜はよっぽど早くヤりたいんだか何なんだか、妙に焦ってる様な雰囲気を出し始め、イライラした様に片手で髪をかき回した。タブレットを尻のポケットに突っ込むと、俺の手を引いて店を出た。


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