流星に歌へ愛の詩

4. <さゆ・ニールセン>

 イベント当日。会場の最寄りの駅に、待ち合わせの40分前についた私は、近くのスタバで一服し、のりちゃんの分の抹茶クリームフラペチーノを買ってから改札前に戻った。
 のりちゃんは待ち合わせ時間ぴったりに改札に現れた。濃い紫のウインドブレーカーに、ピンクのショートパンツ姿。黒いスニーカーは、びっくりするほど小さく見える。のりちゃんて、私より身長が20センチ近く低い。だからって、足までこんなに小さいの?
 感動しながらのりちゃんを眺めていたら、近寄って来たのりちゃんが言った。
「おはようございます、遅れちゃいましたか?」
「いえ! 早く来ちゃっただけなので……あの、これ、よかったらどうぞっ」
 スタバのカップを差し出すと、のりちゃんはパァッと顔を綻ばせたけど、口では
「えっ……手伝ってもらうのに、悪いです」
 なんて言って目を逸らした。のりちゃんがスタバの抹茶クリームフラペチーノが大好物ってことは、ネトストの私にはお見通しだ。
 私がしつこく勧めたら、やっとのりちゃんはカップを受け取ってくれた。ピンクの唇でストローをくわえ、嬉しそうにドロドロの甘い粘液を吸っている。私は、甘いものって全然好きじゃない。他の人だったら「うげ〜、よくあんなゲロあまいもの飲めるよね」って思うけど、のりちゃんだったら全然平気。
 私がニヤニヤしながら歩いていたら、のりちゃんが怪訝な顔で見上げて来た。
「あの、私なにか変ですか?」
「えっ? な、なんでですか? 全然変じゃないです、可愛いです」
「えっ……」
 しまった! 可愛いとか言ってしまった……
 のりちゃんは「ハァ?」みたいな顔をしたあと、慌てて無表情に戻り、ストローをくわえた。
「ルキさんの方が可愛いですよ」
 どうしてだろう、すごく嬉しいことを言われてるはずなのに、のりちゃんの口調がぎこちないせいで、全然嬉しくない。
 どうしよう、気持ち悪がってるかなコレ。怖がられてたらやばい。
 ハラハラしながらのりちゃんを横目に見つつ、信号が赤なので止まった。のりちゃんはストローから口を離して続ける。
「私の友達、あ、イベントとか手伝ってくれるいつものメンバーがいるんですけど……みんな言ってますよ。Noeのファンの人めっちゃキレイって」
 Noeっていうのは、のりちゃんが今メインで使ってるハンドルネームだ。Noeのファンの人っていうのは、私のことだろうか。
 ろくに近くで話したこともない人からキレイとか言われても微妙だけど、のりちゃんのリア友に認知されてるのはめっちゃウレシイ。
「あの……花梨さんの、その”いつものメンバー”って、何人くらいいるんですか? いつも違う人が売り子してません?」
「2、3人ですけど……よく見てますね」
 やばい、またキモいこと言っちゃったかも……
 余計なこと言わないように気をつけなきゃと思いながら、信号が青になったのでまた歩き出す。何が大丈夫で、何が余計なことなのかだんだんわからなくなってきたから、全然うまく話せなかった。

 会場に着いたら設営や挨拶なんかでバタバタし始め、再びのりちゃんとゆっくり話す機会はなかなか訪れなかった。やっと座れたと思っても次々に人が来るし。こんなに忙しいなんて。もっとまったりお喋りとかできると思ってた。
「ルキさん疲れてません? 大丈夫ですか?」
 のりちゃんて……優しい。
 実際に話す前、彼女の作品やネットに書き込まれる言葉を見ていた頃から「優しそうな人だな」とは思っていたけど……まあ正直、もっと朗らかな感じっていうか、人当たりのいい雰囲気を想像していたから……そういうのとはちょっと違う感じだったけど……でもやっぱり優しい人だなと思った。心配して声をかけてくれたのが嬉しくて、私はヘラヘラしながら
「大丈夫です、楽しいです」
 と返事した。
「楽しい……ですか?」
「はい。こういうの初めてだし。なんかお店やさんごっこみたいっていうか」
「お店やさんごっこ……」
 のりちゃんの目が暗くなったのを見て、私は慌てた。またバカやっちゃった。
「あ、ご、ごめんなさい、あの、悪い意味じゃなくて、あの、」
「いや、いいんです、本当にそんな感じだし」
 怒らせてしまったかと思ったけど、のりちゃんは何だかしょんぼりしてしまった。怒ってくれた方がまだマシだよ。大好きな人を悲しませるなんて。本当に私って頭が悪いんだから。
「あの、ごめんなさい、私、言葉が雑で……今のはなんていうか、本屋さんになったみたいっていう意味で言いたかったんですけど……嫌な言い方になっちゃってホントにごめんなさい」
「いや、ホントに別にいいですけど……っていうか、あのう、前から思ってたんですけど」
 下を向いていたのりちゃんが、やっと目を上げてこっちを見てくれた。嬉しいけど、何を言われるんだろうと思い私は身構えた。
 前から思ってたんですけど、距離感おかしいですよね?
 前から思ってたんですけど、図々しいですよ?
 まさか、前から思ってたんですけど、ネトストしてませんか?
 心臓がばくばく鳴っているのを耳の奥で感じながら、のりちゃんの顔をじっと見ていたら、
「前から思ってたんですけど、ルキさんってハーフですか?」
 だった。
 ほっとしすぎて、全身の力が抜ける。私はまたヘラヘラしながら
「よくわかりますね、クォーターですけど」
 と答えた。のりちゃんはちょっとニコッとしながら、
「だって金髪だし。今、言葉が……って言うから、もしかしてって。外国で育ったんですか?」
 と訊いてきてくれた。
 よっしゃ〜、逆転ホームラン! エラーを取り返した気分だった。私、日本生まれ日本育ちだけど、失礼なバカと思われるよりは日本語が不自由だと思われた方がまだマシ。だから小学生の頃、夏休みにおばあちゃんちに遊びに行ってたことを
「学生の頃はオスローで過ごしてました」
 と表現した。なんだか就活時代のことを思い出す。ろくに練習もしてなかったアコギサークルのことを、まるで国境なき医師団にでも居たみたいに大げさにアピールしてたっけ。
 のりちゃんは私の誇大広告を疑うこともなく
「へえ〜、オスローってノルウェーでしたっけ? いいな〜」
 なんて素直に聞いてくれた。罪悪感で少し胸が痛んだけど、まるっきり嘘ってわけでもないし……それに何より、のりちゃんが初めて私に自然なタメ語で微笑みかけてくれたのが嬉しくて。
 その後もお客さんはよく来たけど、朝よりは少し余裕が出て、人が途切れるたびにのりちゃんは私の血筋のことや、ノルウェーのことなんかを色々質問してくれた。私は本当はのりちゃんのことを聞きたかったけど、のりちゃんに興味を持ってもらえたことが嬉しかったから、何でも答えた(ノルウェーのことは、おばあちゃんちの近くのことをわかる範囲で答えた。嘘はつかずに済んだハズ)。
 のりちゃんの質問がひと通り済んだ頃、私も聞きたいことを聞くことにした。
「あの、私もひとつ聞いていいですか?」
「あ、私ばっかり色々聞いてすみません。なんですか?」
「花梨さん、プロの作家は目指さないんですか?」
 その瞬間、私はまたやってしまったことに気づかされる。のりちゃんの顔が、さっと暗くなってしまったから。


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