流星に歌へ愛の詩

2.

<さゆ・ニールセン>
 のりちゃんのネトストをする日々が帰ってきた。Twitterという文化が、それに拍車をかけていた。
 のりちゃんはいわゆるツイ廃とまではいかないが、毎日数回、呟いていた。内容は、創作に関することが7割、残りの3割は、仕事や趣味についてのものだった。
 Twitterに張り付いていてわかったことだが、のりちゃんは私とそう年の変わらない女性のようだった。少し、年上かもしれない。仕事は、定職にはついていないように見えた。あまり詳しいことまで書いてくれないのでわからないが、おそらく飲食系の、サービス業なんじゃないかと私は睨んでいた。
 ある日、いつものように電車の中でTwitterを開いたら、のりちゃんのツイートがちょうどタイムラインの一番上に表示されていた。

『夏コミ受かりましたー! やったー♪ 新刊持っていきますので、よかったら遊びに来て下さいね!』

 夏コミ! 新刊!
 私は山手線のシートからぴょんと浮かび上がりそうになった。それくらい、興奮した。
 のりちゃんに会えるかもしれない。どんな人か見れるんだ! 直接、新刊を手渡してもらえたりして……。
 ドキドキしているうちに、のりちゃんのツイートにいいねの数が増えていく。相変わらず、人気者だ。私は自分のことのように嬉しくなりながら、ハートマークをタップした。

         ◇

水沢かの莉みずさわかのり
 今年の夏は、半端ない。何が半端ないって、暑さがパない。
 人前に出るからと、張り切って新調したレースのトップスの脇が、汗染みになっていないか、こっそり横目でチェックする。
 サークルチケットを渡して手伝いに来てもらった友人たちと、ワイワイ喋りながら設営を終えると、私は暑さに負けて早々に椅子に座り込んだ。挨拶回りとか行きたいけど、ちょっと休憩。
 カバンの中からスマホを取り出すと、Twitterのアプリを開く。リプライに一通り目を通し、一つ一つ、返信。ほとんどが、今日買いに行きますという嬉しいコメントだ。
 10時になって音楽が流れ、拍手する。いつもの流れを今日も無事に迎えられたことに、ホッと一息。
 一般参加の人々が続々と会場に流れ込んできて、そこここに人の列、塊、列、塊。
 テトリスみたい、とぼんやり眺めていると、私のスペースにも人が来た。
「あの。新刊と、これとこれと、あとこれも下さい」
 声優さんみたいな綺麗な声が、頭上から降ってくる。見ると、マッキンキンの金髪をふわふわと肩の上で跳ねさせた、すらりとした美女が私を見下ろしていた。
 えっ、外国の人?
 びっくりして一瞬時が止まった。美女は頬を赤く染めながら、私と、私の本の間で目を泳がせている。あ、接客しなくちゃ。我に返って、彼女が指差した本を確認してから、答えた。
「ええと……ってことは全部、ですね……」
 彼女はますます赤くなって、「あ、そうですね……すみません」と消え入りそうな美声で答えた。よく見たら、瞳は少し薄いが黒色だし、話しているのは完璧に日本語だ。どうして外国人だと思ったんだろう。金髪なんてレイヤーで見慣れているのに。鼻が高くて、色が白いからだろうか。
 値段を告げながら重ねた本を差し出すと、彼女はお金を渡してくれながら、「いつも作品読ませてもらってます、これからも頑張ってください」と震える声で言った。
「ありがとうございます。がんばります」
 ネイルサロンの広告に出てきそうな、白くて細い指を見ながら返事をする。男じゃなくても、美人に声をかけられると嬉しいものだなぁ。ぼんやりそんなことを思いながら、遠ざかる彼女の背中を見送った。
 数十分後、持ってきた本がほとんどはけた頃、また彼女が戻ってきた。困ったような顔で近づいてくる彼女に気づき、もしや何かクレームでも付けられるのかと警戒していたら、スペースの前に立った彼女はこう言った。
「あの、あの。すみません、また来て。あの……あのこれっ」
 あのって何回言うのかなぁと思いながら聞いていたら、ピンクの封筒を差し出された。私の大好きなディズニーキャラクターの便箋だ。
「あの、ファンレターって言うか……あの、迷惑じゃ無かったら……読んでください、すみません」
 学生時代、部活でやってた剣道の試合みたいな礼をキメると(彼女も剣道をやってたのだろうか)、私の返事も待たずに彼女は小走りに走り去ってしまった。びっくりするほど高いヒールの靴と、短いスカートがキレイな脚を強調している。あんな靴でよく走れるなあ、と感心しながら手紙に目を落とした。
 感想です、と言って手紙をもらうことはたまにあったけど、ファンレターって言われたのは初めてだった。なんだかすごく、照れ臭い。
「ファンレターだって〜。すごいじゃん」
 売り子を手伝ってくれていた友人が、背後から揶揄うように声をかけてくる。
「うるさいなあ」
 人前で読むのは気が引けたから、帰ってから読むことにして、カバンの中に封筒をしまった。

 お昼ご飯の前に、本は完売した。スペースを片付けて、少し早いけど、お昼とアフターをかねて、みんなで近くのファミレスへ移動した。
 いつものように会話が盛り上がり、ファミレスからカフェへ、カフェから居酒屋へ。帰路についたのは22時過ぎだった。
 疲れて電車の駅を寝過ごしそうになりかけながら、日付が変わるころやっと家へついた。
 シャワーを浴びて、寝る前にちょっとだけ買った本を読もうかなと思った時、「ファンレター」の存在を思い出す。カバンをかき回して、ピンクの封筒を探り出す。封筒の真ん中に、丁寧な文字で私のハンドルネームが書いてあった。それは私が今使ってるHNではなく、8年ほど前にオリジナルで活動していた頃に使っていた名前だった。


次へ
戻る