流星に歌へ愛の詩

1. <さゆ・ニールセン>

 のりちゃんとの出会いは、今となっては懐かしい「個人サイト」全盛期の頃のことだった。
 のりちゃんは創作ジュネのサイトを持っていて……創作ジュネって言っても、今の若い子にはわかんないのかな。いわゆる「BL」の「一次創作」をやってるってことなんだけど。そのサイトで、のりちゃんは自分で書いた小説をたくさん公開していて、私はそれを見にいくファンの一人だった。
 のりちゃんの書く小説は、すごかった。のりちゃんの素直で明るい人柄がにじみ出ていて、登場人物は皆魅力的で、ストーリーも「どこからこんな話が思いつくんだろう」と呆気に取られるような、読者を引き付けて離さない力強さがあった。
 私は当時予備校生で、勉強の合間に時間を見つけては、家族共用のパソコンでこっそりそうしたサイトを巡回しては、「萌え!」「神!」と心の中で叫び声をあげる日々を過ごしていた。
 ある日、日参していたお気に入りのサイトの管理人さんが、
『すごい新人さんが出てきた! 早速相互リンクの許可を頂いたので、みなさん是非行ってみてください!』
 とブログに書き込みをしているのを見つけた。私は早速リンクページからのりちゃんのサイトへ飛び、無事「のりちゃん沼」に突き落とされたわけだ。

『ポキポキ』
 突然ラインの音が聞こえ、飛び上がってスマホを手にとった。会社の同僚からで、来月の同期会についての、どうでもいい連絡だった。
 ほっとして返事を返し、戻るボタンを押したらまた胸がズキッと痛んだ。トークの履歴が並ぶ画面に、ミュートマークが鈍く浮かび上がるリストがひとつ。のりちゃんとのトーク欄。
 ブロックしてるわけじゃないから、のりちゃんからのメッセージが表示されてるけど、内容が目に入らないうちに、私はすぐにラインのアプリを閉じた。

 のりちゃん沼にずぶずぶにハマった当時の私は、ストーカーのようにネット上ののりちゃんに張り付いていた。
 のりちゃんのサイトには、メインとなる小説のページの他に、イラストのページと、日記のページと、掲示板のページがあった。私は全てのページに日参し、日記のページと掲示板のページについては、日参どころか数時間ごとにアクセスしていた。
 のりちゃんは毎日日記を書くわけでは無かったけど、日記についたコメントや、掲示板についた書き込みには、時間をあけずにマメに返信を返していた。
 のりちゃんの作品は素晴らしかったから、すごくたくさんのファンがいたんだと思う。思うっていうのは、今みたいに誰からも数字が見える時代じゃ無かったから、具体的にどれくらい、のりちゃんの作品を見にきてる人がいるのか、そのうちの何人が、単なる通りすがりでない「のりちゃん目的」なのかはわからなかったから。
 でも、日記や掲示板を見れば、のりちゃんの人気は明らかだった。他愛無い日常の日記にも必ず複数人からのコメントがつき、掲示板にも毎日感想やリクエストの書き込みが絶えなかった。
 私はといえば、初めてのりちゃんの小説を読んだ後、興奮に任せて長文の感想を一度だけ掲示板に書き込んだだけで、そのあとはひたすらROM専に徹していた。新しい作品がアップされる度に感想を書きたくはなったけど、(あんまり毎回書き込んだらストーカーみたいで気持ち悪がられるかも)と思ったのだ。まあ、1日に何度もアクセスして他人へのコメント返信まで全てチェックしている時点で、充分ストーカーなんだけど。でものりちゃん本人だけには、絶対嫌われたく無かったし、迷惑もかけたく無かった。
 
 そんな風にしてのりちゃんの「ネトスト」を続けながら月日は流れ、季節が一回りした頃には私はどうにか大学生になっていた。
 憧れのキャンパスライフに私は浮かれ、サークルに入ったりバイトを始めたりして忙しく過ごすうちに、個人サイトの巡回もだんだんしなくなっていき、のりちゃんのサイトもいつの間にか見なくなってしまった。あんなに大好きだったのに。
 バイト先の先輩に告白されて、彼氏が出来ると、BLという趣味からも完全に遠ざかるようになってしまった。別に意識して見なくなったわけでも無いのに、何故かいつの間にか私の脳内からBLの世界が抜け落ちてしまったのだ。
 彼氏とサークルとバイトで大学生活の4年間は埋め尽くされ、光り輝く季節はあっという間に駆け抜けていった。
 辛い就職活動もなんとか乗り越え、私は小さなメーカーの事務職につくことになった。仕事はたいして難しくもなく、上司も先輩も優しく、残業もほとんどない。「いい会社に入れてよかったね〜」と両親は喜んでくれて、私もそこそこ満足していた。
 仕事にもだいぶ慣れてくると、時間もメンタルも余裕ができてきて、何か趣味が欲しいなと思うようになった。
 ちょうどその頃、とあるアニメが大ヒットしていて、当時付き合っていた彼氏がそれにハマり始めていた。
「さゆも一緒に見ようよ。俺、録画してるから」
 ある夏の週末、彼氏の家に泊まりに行って宅配ピザを頼んだ後、彼がそう言って録画リストをモニタに表示した。別に断る理由もないので、私は頷いてモニタに注目した。OPが流れ、二次元のキャラクターたちが生き生きと動き回る。
「何この曲。ダサ可愛い」
 私は思わずニコニコしてしまった。学生時代は、どちらかというとオタクな方だった。漫画もたくさん読んでいたし、アニメもいくつか追いかけていた。でも、大人になるにつれ、いつの間にか遠ざかっていた。久しぶりに聞くアニソン。久しぶりに見るアニメキャラ。特徴的な、アニメ声。気づけば私は夢中になって画面にかじりつき、届いたピザに手を伸ばすこともなく、その世界観にのめり込んでいた。
「な、面白いだろ?」
 彼氏がしてやったり、という顔で話しかけてくる。わけもなく悔しい気もしつつ、素直に答えた。
「うん、面白い。これって原作の漫画とかあるの?」

 原作漫画は少年誌で週刊連載されていて、彼は出版されている巻数の途中まで持っていた。その夜のうちに、あるだけ全部一気読みして、翌日帰りの電車内で、1巻から最新刊までまとめてスマホでAmazonに注文した。もちろん、お急ぎ便だ。
 こうしてあっという間にその作品にハマった私は、あっという間にBLの世界に戻ってきた。その作品内での主人公と、その親友キャラの熱い友情にKOされてしまったのだ。
 私がオタクの世界から離れている間に、ネットの世界もかなり変わってしまっていた。個人サイトの時代は終わり、創作の世界にもSNSの波が押し寄せていた。
 Googleで私の気になるキャラクターたちの名前を入れると、一番最初に一番大手とされている創作系SNSのサイト名が表示され、クリックすると、ファンが描いた彼らの姿が次々と表示される。
「わあ、いっぱいある」
 お菓子を目の前にした幼児のように呟くと、私は次々と好きなキャラやカップリングのファンアートを閲覧していった。
 そのSNSではファンアートをイラスト系とテキスト系に分けてカテゴライズしており、先に表示されるイラスト系のページをさらさらっと見た後、私はテキスト系のページにも飛んだ。元々、絵よりも文章が好きなので、このページでは一つ一つの作品に全て目を通そうとしていた。
 とりあえず表示された順に読んでいこうと思い、上から順に目を通す。読むのは早い方だし、ほとんどの作品が5000字いかないくらいの文字数だったので、どんどん読んだ。どんどん読んでたら、突然桁違いの文字数のシリーズ物にぶち当たった。
 今の時代、何でも数字に出るのは知っていたが、作品ごとにも評価が数字で示されていることに、そこで初めて気がついた。そのテキスト作品には、文字数と同じように桁違いの評価が具体的な数字となって燦然と光り輝いていたのだ。
——こいつはただものじゃないな。
 私は好きなキャラクターの名台詞を脳内で呟きながら、その作品をクリックした。
 最初の一ページを読んで、すぐに気づいた。
 のりちゃんだ。のりちゃんの文章だ。
 正確には、のりちゃんというのは本名に基づいた愛称なので、当時は彼女のサイト時代のハンドルネームが頭に浮かんだ。ああ、あの頃に戻れたら。
 その作品の「投稿者名」の所には、サイト時代とは違う名前が表示されていたけど、私は確信していた。これは、間違いなく、のりちゃんの文章だ。
 心臓がうるさいくらいに飛び跳ねていた。スマホを握る手が汗ばむ。
 投稿者名をクリックすると、プロフィールページに飛んだ。簡潔な自己紹介文の隣に、青い鳥のマーク。Twitterのアカウントに繋がっているということだ。迷わず鳥をクリック。
 Twitterのプロフィール画面が表示されると、可愛らしいイラストのヘッダー画像、同じく可愛いアイコンがキラキラと目を刺す。アカウント名の隣には、鍵のマーク。
 私は一瞬迷った後、結局フォローリクエストを送ることにした。祈るように待つこと30分後、リクエストは許可された。


次へ
戻る